解説
富山型SDGsTOUR・地域循環共生圏構想は、縦ラインを山・森林・水・地場産業を中心としています。そしてもう一つ、横ラインに海洋・環境・伝統文化があります。普段の暮らしでは、これらは直接的に関係がないように見えています。
しかし、地方創生の目線でよ~く見ると太い線(関係)、細い線(関係)の違いはありますが、すべて繋がっているのです。
それを全体図で見やすくしたのが〝産業観光と立山を基盤とした地域循環共生圏構想図〟です。
地域循環共生圏構想=環境省が掲げる、各地域が昔から持っている魅力、美しい自然景観・資源・自然エネルギー等の、〝地域資源〟を最大限活用し、地方創生を実現させるために、地域全体で包摂的(経済・社会において、本来関係するライン以外の、別のラインの存在を取り込むこと)に支え合うことにより、地域の〝活力〟を最大限に発揮させることを目指す考え方です。
3000m級の山々 立山連峰
構想図上で一番上に3000m級の山々立山連峰があります。立山の降水量は年間6000mmもの量になり、そのうちの3000mmは雪となるようです。
(ちなみに富山県の年間降水量は2300mm前後、東京都は1700mm前後です。)
立山には雪がたまる吹き溜まり(風で雪等が運ばれて堆積する場所)の地点があり、過去雪は平均で16m、近年では20mも降り積っています。それを除雪してできる雪の壁が雪の大谷で、車両(バス)で走行できる16~20m級の雪の壁というのは世界で唯一の存在で、富山県の観光地としてとても有名です。
その雪は雪解け水となり、落差日本一と言われる称名滝から、日本屈指の急流、暴れ川と呼ばれる常願寺川を経由して海へと流れ込みます。
また立山連峰は複数の山々が横に広く連なっていて、富山県の七大河川を経由することで富山湾に雪解け水を提供してくれています。
七大河川の一つ黒部川は、雪解け水を貯水している黒部ダムと繋がっています。黒部ダムの観光放水によって雪解け水が流れ込み、自然環境の維持の助けとなっています。
称名滝 黒部ダム
富山県美術館からの立山連峰
扇状地と天然水
山と平地の間には、扇状地という急斜面の山に見られる、土砂が堆積してできる部分があります。
画像引用 富山県の地形・地質 – 北陸地方整備局 – 国土交通省
扇状地に雨水や雪解け水がしみ込み、地下でろ過性が良い岩や地層によって清浄化され、カルシウム・マグネシウム・カリウムなど、水の味がまろやかになる多様なミネラルを時間をかけて吸収しています。
このような地下水は富山市の地下に多く存在しており、実は常願寺川の3分の一にあたる水は地下を流れています。
そして河口付近で湧き水として地表に出てきます。それが富山の天然水です。
天然水はものづくりのための資源として使用されることになります。
森林と海洋深層水
雨水や雪解け水は富山の豊かな森林から、リンや窒素といった栄養塩の供給を受けた後、急流の川を経由して海へ流れ込んでいます。
急流の川は、激しい水しぶきにより空気に多く触れることで酸素をたくさん取り込みます。
そして川の中の微生物が、酸素をエネルギーとして不純物(有機物)を分解し、水を清浄にしてくれているのです。
また、川の流れが速いこともあり、微生物やプランクトンの光合成による活動時間は短く、酸素を多く残した良い状態で富山湾に流れ込んできます。
※富山県は山から海までの距離がとても近く、わずか50㎞程です。他地域にはない、高低差4000m(海抜3,000m級の立山連峰から水深1,000mを越える富山湾まで)というダイナミックな地形をしているのです。
富山湾は水深が急に深くなる特殊な地形をしていて、日本三大深湾の一つとされています。
水深の浅いところでは森林から供給された栄養塩が植物プランクトンを繁殖させ、それを餌にする魚類が集まり〝天然の生け簀〟となるのです。
水深の深いところは、日光が届かないことから植物プランクトンが休眠し、栄養塩が消費されずに残ります。また、日光が届かない事とその他の影響によって、一年を通し(2度前後)水温が低くなることもあり、有機物や細菌が少ない清浄な、そしてミネラル豊富な日本海固有水〝海洋深層水〟が誕生します。
画像引用 富山県深層水協議会ホームページ
https://t-deepsea.jp/council/
キトキト富山・深層水養殖
富山県は富山湾の魚の豊富さを活かし〝キトキト富山〟というキャッチフレーズなどで〝魚の美味しい県〟のイメージを定着させてきました。
実際に氷見市で鮮魚・魚貝類・お土産の販売をしているひみ番屋街では、一年の入込客数が100万人を越えています。
射水市の新湊漁港では真っ赤なベニズワイガニが並ぶ、珍しい昼のセリを見学できます。新湊のベニズワイガニは、高志の紅ガニというブランド名で、新湊きっときと市場、新湊カニ小屋等で販売または飲食サービスが展開されています。
富山市は朝とれの魚や、地元産の野菜・肉・加工製品を販売する、元鮮魚店で食のセレクトショップの様な黒崎屋で、主に地域住民に向けに販売されており、その他の地域でも様々な形態・サービスで富山県のキトキトの魚が販売されています。
また、富山県では〝富山湾鮨〟という天然の生け簀で獲れた旬の地魚を使用する食ブランドを創り、富山の食のPRを積極的に行っています。
新湊昼セリ 黒崎屋
新湊かに小屋 富山湾鮨
富山市水橋にある水橋漁民合同組合は、水橋漁港所属の若手漁師の有志たちが中心となっり、地域向けに地引網体験・大漁鍋のふるまい等、様々なイベントを行っています。また、地元小学校の給食に地元の魚を提供するなど活動しています。
これは、そもそも魚を食べる事が少なくなった日本の食に危機感を持ち、地域の子供たちに魚を食べてもらう、または触れ合う機会を創ることが目的としています。
地域の子供たちからスタートし、富山県内の子供たちが魚を好きになることで、地域で獲れ、地域で消費し、地域で保全する 持続可能な漁業を確立することにつながります。
富山県では海洋深層水の活用にも取り組んでいます。塩の生産の他、健康・美容に関する化粧品や入浴剤などの生産にも使われています。
また、地産地消の取り組みとして、低水温に適した魚を中心に、深層水養殖を行っています。例を挙げると入善町では「深層水アワビ」の養殖に成功した他、牡蠣を深層水につけて浄化する「深層水仕込み牡蠣」を売り出しています。
また射水市では、近畿大学水産研究所や自治体との産官学連携により、養殖に適した温暖かつ清浄な富山の海洋水を活かして「射水サクラマス」の養殖に取り組んでいます。
射水サクラマス養殖
そして第二次産業である商品加工では魚の豊富さを活かし、射水市のIMATOで非常に珍しい、ベニズワイガニの干物「かにぼし」を含めた干物類、富山市水橋の梅かまでは、富山ならではの細工かまぼこの産業化に取り組んでいます。
富山を代表する食産業のます寿司業界では、養殖のいみずサクラマスを使用した〝純富山産ます寿司〟という新たなブランド創りに取り組むお店(高岡市の高田屋・射水市の丸龍庵等)も登場しました。
また、富山市の吉田屋鱒寿し本舗では、富山の昆布を使用する風味豊かな昆布ます寿司、梅としそと昆布を使用したます寿司などを販売してます。
現在富山県のサクラマスは、レッドデータブックとやまで準絶滅危惧種(現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては絶滅危惧に移行する可能性のある種)
とされていて、漁獲量の減少によります寿司の生産は、他地域の鱒に頼っている現状となっています。
養殖のサクラマスには、コストや大きさなどの課題があるようですが、それが解決されれば他地域での漁獲量等に影響されず、地域内で安定した価格で生産し、地域内で消費される、地域循環型経済が実現できる可能性があります。
IMATO かにぼし 細工かまぼこ
富山名物ます寿司 昆布ます寿司
良質な水を活かした米作り
川から流れてくる水は海だけでなく、平地で農・畜産・製造業等にも使用されています。富山県は水はけの良い扇状地に対して、土壌への対策や、その豊富な水を活かすための用水の活用など、さまざまな工夫により富山産コシヒカリのブランド化に成功し、さらにコシヒカリとは違う特性を持つ、富富富(ふふふ)の売り出しも行っています。
富山県は良質な水とお米から作られる日本酒が美味しいことも有名で、酒専用の酒米水稲新品種富の香の育成など、富山の地酒を盛り上げる新たな取り組みも行われています。
画像引用 富富富ホームページ https://fu-fu-fu.jp/
富山の地酒
農・畜産業
農・畜産業では、黒部市でミネラルを豊富に含んだ黒部川の伏流水で育てる黒部名水ポークという食ブランドの浸透を地域全体で取り組んでいます。
富山市では育て・製造・販売する6次産業として、池多ファームの食ブランド化、上市町・立山町では放牧豚・放牧牛という牛や豚のストレスを軽減し、豊かな水と美味しい飼料で健康的に育てる取り組みが行われています。
立山放牧牛のランチ 池多ファーム
富山市山田村では、富山産エゴマのブランド化に取り組み、エゴマ油の製造を行っています。牛岳温泉熱や太陽光発電、LED照明などを活用し、完全人工光型の牛岳温泉植物工場を拠点にし、農業の6次産業化に取り組んでいます。
画像引用 山田地域自治振興会ホームページ https://yamadamura.com/
これら農業・畜産業では、動・植物の飼育・育成に対して多量の水が必要とされるため、豊かな富山の水が活かされています。
水を活かしたものづくり
名水の里の黒部市、入善町、魚津市などでは、名水を活かしたものづくりが盛んです。
アサヒ飲料北陸工場では、ワンダ(缶コーヒー)の日本の生産量三分の一を製造しており、地域の雇用創出・消費・生産などに貢献されています。
その他、黒部の地下水を使用した地ビール、モンドセレクション銀賞を取った宇奈月麦酒館、良質な水を使った染料を使用し、レッグウェアで世界に誇る技術を持つオーアイ工業、パックご飯を名水で炊いて製造するウーケ、四十物昆布・飯澤醤油・皇国晴酒造など多くの企業が富山の名水を使ったものづくりに取り組んでいます。
環境未来都市とやま
最初に富山県の豊かな自然環境について解説させていただきましたが、それらを守る(保全)ということについて考えてみましょう。
幸いなことに多少の温暖化では立山の雪が少なくなるという事はないようです。
2030年には産業革命前の水準から世界平均で1.5~2℃の気温が上昇すると言われていますが、立山で雪が降る11月~4月の最低気温は-6℃から‐15℃です。
1.5~2℃の気温が上昇であれば、雪が雨になることはないと考えられます。しかし、環境に対してなにもしなければ、2100年には世界平均で4℃上がる可能性もあると言われています。そうなると雪が減少し・雪の大谷が低くなる、雪解け水の量が少なくなり、黒部ダムの放水時期が少なくなる、天然水の質が悪くなる可能性も十分考えられます。
また、雪に影響が出なくても、プラスチックゴミの増加や、川や森林の汚染による水の質への影響も考えられます。
持続可能という観点から、2100年の未来の人間の資源と産業を、現代の人間が消費し尽くして、一方的に奪うということが起こってはいけません。
そのようなことにならないよう、富山市が推進する環境への取り組みをご紹介いたします。
富山市が推進する環境未来都市とやま構想・スマートシティ・コンパクトシティなどでは様々な効果が期待されていますが、地球温暖化対策・CO2削減への効果もその一つです。
次世代交通セントラム(環状線)の活用で、自動車交通量減少によるCO2削減効果、富岩環水公園・各種スポーツ施設による軽運動・ウォーキング推奨によって市民の健康維持と、近場への車の使用を控え、徒歩移動を推奨するための環境づくり、エコタウンによるリサイクル推進、市民で協力するゴミ清掃やレジ袋の削減など地域を上げた取り組みは、富山の地場産業の源である立山の雪・森林・川の環境を守ることにつながっています。
富岩環水公園 セントラム
富山を守る立山砂防
富山市民の生活を守るための、持続可能なまちづくりの一環として、カルデラ砂防工事も重要です。現在も崩れている立山カルデラ、急流河川による土砂災害を防ぐための砂防技術は、世界トップクラスと言われています。
富山県では立山砂防の防災遺産として砂防施設群の価値に着目し、世界文化遺産登録を目指して様々な活動に取り組んでいます。
活動の一例として 白岩砂防堰堤・本宮砂防堰堤が国の重要文化財に認定されました。また、立山カルデラ砂防博物館では立山カルデラ見学ツアーを定期的に実施しています。
国の重要文化財 本宮砂防堰堤
伝統芸能・伝統産業・伝統工芸・重要文化財
最後に富山県の活力・魅力となる伝統芸能・伝統産業・伝統工芸・重要文化財等についてです。
富山県は伝統文化も盛んな地域です。
3日間で20~25万人が訪れるという「おわら風の盆」は全国的にとても有名です。
その他、田楽から始まったとされる五箇山の民謡「こきりこ」、南砺市城端の「むぎや」はお祭りとして地域を盛り上げ、多くの地域で曳山や獅子舞が行われるなど、伝統芸能の活動が盛んです。
おわら風の盆 こきりこ
伝統産業は特に高岡市が盛んで、日本各地の釣鐘等を製造していることで有名な高岡銅器、海外でも愛されているKAGOシリーズを販売する能作に代表される鋳物が有名です。
漆器くにもとによる高岡螺鈿(らでん)のアイフォンケースを制作するなど、新たな取り組みも盛んです。
富山市では広貫堂や池田屋安兵衛商店など越中売薬がルーツとなる薬産業が有名で、伝統工芸としては、南砺市井波町の木彫り彫刻、立山町の越中瀬戸焼などの焼き物、重要文化財や伝統的建造物群としては、滑川市の宿場回廊、高岡市の金屋町・山町筋など歴史と共に残る家並み、そして高岡市の瑞龍寺は、北陸3県で2ケ所しかない貴重な国宝建造物です。
高岡瑞龍寺 井波瑞泉寺
高岡能作 越中瀬戸焼 窯
滑川宿場回廊 池田屋安兵衛商店
富山の豊かな産業と経済、県民の努力によって伝統が残り続けることで観光の魅力となり、また、祭りやイベントは地域の人々の活力の源になります。
最終的に県外や海外から来訪者が訪れることで地域の活力・活性に繋がっています。
まとめ
富山型SDGsTOUR・産業観光と立山を基盤とした地域循環共生圏構想の重要な点をご紹介します。それは地域循環共生圏の考え方にプラスし、地場産業を中心とした地域循環型経済を取り込んでPRしているところです。
昔から存在する資源・自然環境を上手く活用して地域の産業と雇用を生み出し、そこに養殖・地産地消・自然エネルギーなどの仕組み(イノベーション)を取り入れ、従来は地域外に流れていた、仕入れや消費によって生まれる〝お金の流れ〟を、地域内に循環するようにし、さらに生産のために必要な資源と自然環境を地域が一体となって保全することで、豊かで持続可能な地域を創ることができます。
もちろん持続可能な地域の実現のために、県外企業や工場の誘致による雇用の創出、便利なインターネットの活用(ショッピング等)やコンビニエンスサービス・地方交付金の活用・他地域との連携・協力などは必要不可欠です。
また、地域独自の食や自然景観などの付加価値を活用して、他地域との交易や観光受け入れも豊かな地域づくりにはかかせません。
このような地域外から得られる経済効果が必要である事から、様々なバランスを考えながら〝地域循環型経済〟を実現していかなければなりませんが、まずは自分たちが暮らす地域を自立した豊かな地域にして、人口減少対策・環境問題等も含めて、持続可能にしていくことが重要です。
富山の産業観光は地域の人々や地域外の来訪者に、富山の自然の魅力や産業の取り組みを伝えることができ、自然を守ることと地域経済を良くする(地方創生)ことは繋がっていると、体感的に分かりやすく学んでいただくことができます。
自然景観や伝統など地域資源による従来の観光と合わせ、多くの人々にツアーに参加していただいて体験と情報を共有し、地域が一体となって持続可能な地域づくりに取り組めるようになることが、富山型SDGsTOUR・地域循環共生圏構想の理想です。
最終的なゴールは、自立した地域同士が連携し、情報のシェア(共有)などで協力し合うことで、小さな川が集まり一つの大河となることで大きな流れを生み、地域の発展が同時多発的に各地で起こることで、グローバルな発展へと繋がっていくこと、SDGs17番目の項目「パートナーシップで目標を達成しよう」の実現へと繋がっていきます。
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